なんで算数とは
こんなに違うの?
数学は算数の延長上にある、とか、数学は算数の発展型である、と思っている中学生、多いですね。君も、やっぱりそうですか? そうだとしても、それは無理もない。確かに扱う内容が似ていますから。
……このような言い方をするのは、ほかでもない、私は算数と数学は別の教科だと思っているからです。両者に関係があるとすれば、それは国語と英語の関係程度のものでしかないのです。

国語と英語の関係については、国語の延長上に英語があるとか、国語の発展型が英語であるとか、そうとは誰も思いませんね。両者は共に言語の学習ですが、自国語の学習と外国語の学習が同じようなものだとは、さすがに思わないでしょう。
自国語の学習は、幼い頃から経験的に習得して来た言語を、より高度に、より正確に使いこなせるようになる為にします。一方、外国語は経験的には学ばないので(と言うより、経験的に学ぶ言語でないから外国語なのだ)、自国語とは異なる土台を構築しなければなりません。
ただ、自国語を理解し操る能力が低ければ、外国語は学べません。
外国語を教えるとき、私たち教える者は、教わる者(君たち)に中学生として十分な国語力が備わっている事を期待しています。そして同じく、算数の知識・計算能力が十分であると期待した上で、数学を教えます。

ただし次の点も、また同様です。
自国語の学習と外国語の学習とでは、目的がガラリと異なります。算数と数学とでも、学習の目的は異なります。
では、どのように?
算数の学習は、まず数の概念を理解し覚える事に始まり、場面に応じて的確に正確に計算する能力を身に付ける事を目的とする、と言って良いでしょう。
そして数学の学習は、数量や形や現象を数理的に扱い整理する手段や、分析し論じる能力を身に付ける事を目的とする、と言えます。……いや、そうあらねばならぬ、と私は思っています。
余談になりますが、その意味において、算数・数学といった名称は適切なものと思われません。算数は、古い名称である「算術」が良いと思うのです。数学は、数についての学問ではなく、数の概念に依った、ものの理についての学問という意味で、「数理学」という名称が良い、と私は思っています。
数学を学ぶ中学生の多くにとって、最初に壁となるのは、代数式(文字式)です。しかし代数式ぬきには、その後に教わる数学は絶対に理解できないので、なんとしても身に付けてもらわなければなりません。
それにしても代数式は、数学を学ぶ為の予備知識に過ぎないのですが、この段階が確かに難しいのです。中には「こんなの簡単だよ」と言いながら軽々しく教える人も居ますが、それはいけません。何故でしょう?
その理由は幾つか挙げられますが、一つには、算数を習っていた時分とは急に考え方が違って来るからです。具体例を一つ示してみます。
算数では、「画用紙を 1 人に 3 枚ずつ、30 人に配りたいが、1 枚足りない。画用紙は何枚あるか。」と問われたら、
3×30 - 1 = 89(枚)
と答えます。

そして数学では、「画用紙を 1 人に 3 枚ずつ、n 人に配りたいが、1 枚足りない。画用紙は何枚あるか。」と問われるようになり、これに対して、
3n - 1(枚)
と答えるのです。
算数では、その枚数がハッキリした値として答えられているのに対して、数学では、文字「式」のまま終わっています。値を答えていません。値は答えようがありません。なにしろ問いの段階で、人数が n ですから、これで良いのですが……
最終的な答えが明確な値にならないというのは、数学初心者にとって、どうにも腑に落ちないのですね。教える者としては、そういう初心者の気持ちを理解した上で、そもそも代数式というのは、数量(や数量と数量との間にある関係)を表しておく事が目的で、値を算出する事は目的でない、という事を慌てず(でも早く)諭さないといけません。
少々複雑な問題でも、算数では、常に値を算出しながら解き進めて行くのに対して、数学では、ひとまず式に表す事によって解きます。では今度は、両者に共通の問題を出す事によって、算数と数学を比較しましょう。
問「兄と弟の所持金は、合わせて4200円で、兄は弟の2倍よりも600円多く持っている。二人はそれぞれいくら持っているか求めなさい。」
これに対して算数では、まず、
4200 - 600 = 3600(円)
もし兄が 600 円なにかに使ってしまえば、二人の所持金の和は 3600 円になる。また、このとき兄は弟の 2 倍もっている事になり、
(弟):(兄)= 1 : 2
だから
3600÷(1 + 2) = 1200(円)
1200 円が弟の所持金で、
1200×2 + 600 = 3000(円)
3000 円が兄の所持金である。
という手順を踏みます。

これに対して、数学では次のように解きます。
兄の所持金を m〔円〕,弟の所持金を n 〔円〕とおくと、題意より、
m + n = 4200
m = 2n + 600
これら二式を連立方程式として解くと、
m = 3000, n = 1200
∴兄は 3000〔円〕,弟は 1200〔円〕
という具合です。手順や考え方が、まるで違いますね。
算数では、段階的に値を算出しながら最終的な答えに辿り着くのに対して、数学では、不明な部分は未知数として文字を用い、その上で数量の関係を等式に表しました。
そう、表すのです。表せれば、あとは機械的な計算で答えが出ます。
ただ、等式(方程式)を作りさえすれば必ず未知数の値が求まるとは限りませんよ。等式を作るのは、あくまでも数量(上の問題では兄の所持金額)と数量(弟の所持金額)との間の関係を表わす事が目的です。式から値を算出したいのであれば、そう出来るように式を工夫しなければいけません。
いずれにしても代数式というのは、計算手段というより、表現手段なのです。物事の数的な関係を簡潔かつ明瞭に表現する為に、代数式を用いる(現に上の問題でも、直接的にした事と言えば、言葉で書かれた数量関係を代数式に書き改めたに過ぎない)のです。
計算は、必要とあらば勿論する訳ですから、数学という学問において計算力は不可欠です。しかし決して、計算力すなわち数学力ではないのです。数学力とは、論理的思考力に基づく表現力である、と私は思っています。
私も数学が苦手な中学生をずいぶん見て来ましたが、苦手の原因(の一つ)として、やはり、このあたりの事情が呑み込めていないな、と思う事が幾度もありました。数を次から次に書き連ねて計算を進めて行く事こそが数学であると信じ切っている中学生を、その意識を、何度も変革させたものです。
数学は、算数の延長でも、算数の発展型でもありません。数学と算数は、異なる基盤の上にそれぞれ成り立っています。中学生は出来るだけ早く、数学の基盤を君自身の中に構築してください。
その構築のために、私はプロの塾講師として、指導方法を工夫して来ました。表面的な技術だけ教えるような事は、しません。とりあえず表面的な技術を覚え込ませれば、期末テストは乗り切れるとしても、後々の事を考えると、それは罪深い指導ですから。
©松尾宗弘
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