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英語が苦手な愛媛県の中学生へ

一対一で教える塾 アロング
主宰者 松尾宗弘

そもそも英単語が
頭に入らないのは何故?

 文法とか会話表現とか、英語を学ぶと覚える事だらけです。がんばって覚えますよね、君も。
 しかしテストでは間違いだらけ。ちゃんと覚えたはずなのに何故だろう?と思ったら、あちこちで綴つづりを間違えていた……というのは、ありがちな話。初めから英単語がまるで頭に入らない、という人も居ます。
   
 長年、私も英語を教えています。その中で、英単語を記憶するだけで大変な時間と労力が掛かってしまう子を、たくさん見て来ました。そんな子には、もう文法など勉強する余裕がありません。これでは英語の能力の獲得や向上など、まるで望めませんね。

 英語が苦手な子と接し始めて、すぐに気付いた事があります。それは、綴りを読もうとしない、ということ。綴りを覚え込もうとはしても、綴りを音声に直そうとはしない、という事です。
 でも、それは英語が苦手が子に限った話ではありませんでした。
 いつも英語のテストで平均点を超えるような子なら、それなりに多くの単語を暗記しているものです。それでも、せっかく覚えた多くの単語から、読みの規則性を見出そうとは、なかなかしないのです。
 だから多くの子が、初めて見る英単語は読めなくて当たり前、と思っているのです。君も、そうですか?
 違うのですよ。初めて見る単語でも、音声だけは見当がつくようでなければいけません。


 さて、音声の無い言語は、ありません。文字の無い言語は存在しても、音声が無かったら、そもそも言語が成立しません。ただしプログラミング言語は別ですけどね。
 そして、英語は言語です。プログラミング言語ではなく、人による人のための言語です。だから、音声を無視して英(単)語を覚えるなんて、どだい無理なのです。

 ところが不思議な事に、綴りの読み方(フォニックスの法則、といいます)を教える授業というものが、ほぼありません。学校でも塾でも、まず教えません。私の知る限りでは、中一の最初の数か月をフォニックスの法則に費やした英語教師が一人だけ居ますが、変人と言われたようです。
 しかし私は、その先生に与くみします。と言うより、私もフォニックスの法則を教えます。そうしないと、いつまでも英単語を覚える労力を減らす事が出来ませんから。
   

 フォニックスの法則を覚える、という事は、綴りと音声が一致する、という事です。こうなってしまえば、英単語を覚える労力は格段に減ります。
 何十回も同じ単語を書いて覚える、などという事は、しなくなります。また、単語を綴った時に間違えても、その間違いにすぐ気づきます。
 そして、英単語が覚えやすくなれば、文法や会話表現を覚える余裕が出て来ます。利点しかありません。
 だからフォニックスの法則は広く教えられるべきだと思うのですが、現状として学校で教えません。したがって、期末テストにも高校入試にも、フォニックスの法則を出題する事は、ありません。
 では、テストに出ないから、要らないのですか? そんな事はないはずです。綴りを覚えられなければ、テストで間違いばかり書く事になりますよ。これでは文法も会話表現も、せっかく覚えても得点になりませんし、そもそも文法などを勉強する余裕がないですよ。

 だからフォニックスの法則は、直接には問われなくても知っておくべき事なのです。これはちょうど、小学一年生の計算問題が中学校のテストに出る事はないけれど、出来なければいけないのと同じ関係です。

 それにしても、こんなに重要なフォニックスの法則を教えない理由は、何なのでしょう?
 おそらく、例外が少なくない事が、その理由の一つでしょう。例外があると教えにくい。これは、私が日ごろ教えていて実感する事です。
 それでも私は、フォニックスの法則を教えます。教えにくくても教えるのです。そうしないと、例外を例外として認識させる事も出来ないからです。
 あれは法則に従うけれど、これは例外。そういう認識が出来ないと、全てをバラバラ無関係のものとして記憶しなくてはなりません。これでは記憶力自慢の子であっても、いくらも覚えられないでしょう。
   

 ここまで読んで、おかしいな?と思っているかも知れないですね。そんなに例外があるなら、イギリス人やアメリカ人は、どうしてるの?と。
 フォニックスの法則に例外が少なくないのには、歴史的な経緯が関わっています。実は英語は、割と歴史の浅い言語で、成立は十五世紀ごろです。
 そのころ、ちょうど活版印刷の技術が成り、英語でも多くの書物が出版されました。これは、英語の綴りが固定された事を意味します。
 タイミング悪く、そのころ英語は、発音が大変化しました(大母音推移)。すると、綴りと発音が単純には一致しなくなってしまったのです。
 どうしよう。新しい発音に合わせて綴りを変えないと、読みにくい。よし、変えよう。……当然そんな意見が挙がりました。しかし、その意見は通りませんでした。なぜか?
 発音の変化は、今だけではない。これからも起きるだろう。そのたびに綴りを変えたら、今までに出版した本は、三百年後には誰も読めない。読みにくいのは困るが、読めないのは余計に困る。という意見が通ったからです。

 おそらく大母音推移の前は、英語は単純に読めたのでしょう。いま私たちがローマ字を読むように。しかし発音の変化は、誰かが「あの発音は、今後はこうせよ」などと指揮した訳ではないので、ここで多くの例外が生じてしまったのだと考えられます。
 だから、英語の綴りが読みにくいと感じるのは、日本人だけではないのです。当のイギリス人にとってもアメリカ人にとっても、英語の綴りは読みにくいのです。
 どうですか? それを知れば、君も腹をくくって英語を、フォニックスの法則を、しっかり学ぼうという気になりませんか。
   

 話は変わりますが、文法にも例外が多いものです。だから文法を教える必要なんて、ない、と言う人も居ます。私は、それは乱暴な意見だと思っています。
 理由はフォニックスの法則と同じです。例外を例外として認識できないと、全てが無関係になってしまうからです。これでは英語の能力は獲得できません。

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