松尾宗弘(療術師)
ストレスを避けるように。とは、よく聞かれるアドバイスです。なんだか、ストレスが体の外に存在するような言い方で、正確さに欠けます。
本当はストレスとは、体で勝手に起きる現象なのです。食べたら勝手に消化が始まるように。また、その現象が起きている時の体の状態も意味します。
ストレスという概念は、二十世紀前半に考え出されたものです。比較的、新しいですね。動物が寒さを感じた時に、その体は、どんな反応を起こすのか。最初は、この反応をストレスと言い始めました。
暑さを感じた時には、別の反応が起きますね。刃物を突き付けられたら、また別の反応が起きますね。ところが面白い事に、三つの場合に共通する反応が、あるのです。
ただ、それは分かりにくい。だから二十世紀まで見出されなかったのでしょう。では、何が起きるのか?
視床下部・脳下垂体・副腎系の活動が高まり、ホルモン分泌が増加するのです。三つの場合とも、ですよ。
要は、不快感ですね。そして不快感は、身の危険に結びつきます。
身の危険を感じると、どんな種類の危険であれ、共通する生体反応が起きる。これがストレスであって、環境の変化に適応したり、危機を乗り切ろうとしたりする時の体の状態とも言えましょう。
辞書的に言えば、「動物の体が、有害な作用因(ストレッサー)によって緊張状態にあるとき、その体に起きる現象」といったところです。
そうそう。「ストレス」と「ストレッサー」が混同されている事が多いですよ。ストレスは避けるようなものではありませんが、ストレッサーを避ける事なら出来ます。
ところで、意外でしょうが、ストレスという単語は、もとは物理学で用いていたものです。たとえばボールを押しつぶしたとき、ボールはひずみ、そして元に戻ろうとします。このボールの状態を、ストレスといったのです。
この単語を生理学に持ち込んだとき、動物体にひずみが掛かった状態、という意味で使い始めました。
本題に戻りましょう。
ときどき「現代社会はストレス社会」などと言います。本当でしょうか? 太古の人々は、どうだったでしょうか?
暑さ寒さに晒されたり、外敵に出くわしたり、そんな事は多かったでしょう。太古の人々だって、しょっちゅうストレスを経験したはずです。
ここでは、外敵に出くわした場合の、体の反応を理解してください。
このとき、解決方法は二つです。すなわち、戦うか逃げるか。いずれにしても、「火事場の馬鹿力」が要りますね。
そこで、急激な運動の準備として、心拍数が上がります。血圧も上がります。全身の筋肉が緊張します。手のひらや足の裏に、うっすらと汗をかきます。
そして、実際に戦ったり逃げたりして、危機を切り抜けると、すなわちストレスの解消です。
では、現代社会に於けるストレスとは?
文明社会では、暑さ寒さは、大した事ではないですね。外敵も少ない。文明社会に於ける主なストレッサーは、人間関係と責務(仕事や勉強)です。
人間関係が悪かったり、重い責任を負ったりすると、気が立ったり、落ち込んだりします。焦燥感を覚える事もありましょう。
これらもまた不快感、ちょっとした身の危険。やはり、ひずみが掛かります。
そのストレスを、解消したい。しかし困った事に、太古の人と違って、戦っ(人に暴力を振るっ)たり逃げたりする訳には行かないのが、文明人です。
「戦う」「逃げる」は、ストレスを解消する為の自然な行為。でも実行すると、「野蛮だ」とか「大人気ない」とか「無責任だ」などと言われます。だから文明人にとって、ストレスは解消しにくいのです。
「現代社会はストレス社会」というのは、半ば当たっているでしょう。ただし、ストレッサーの多さではなく、ストレスの解消しにくさが、問題なのです。
でも、あきらめないでください。太古の人々がストレスを解消した方法は、ヒントなのです。私たち文明人が、ストレスを解消(あるいは軽減)するための。
戦ったり逃げたりする時は、全力を出しますね。だったら私たちも、全力で運動すれば良いのです。運動の種類は、他人の迷惑にならなければ、好き好きで構いません。
ただし、持久力が必要な運動よりも、瞬発力が必要な運動だと、より効果的と考えられます(理由は後述)。そして、全力を出す事です。暴れる事です。
もう一つは、声です。
太古の人々は、外敵に出くわしたとき、戦うにしても逃げるにしても、仲間が駆けつけてくれたら心強かった事でしょう。きっと、大声を出して仲間を呼んだはずです。
だから、私たち文明人にとっても、大声を出す事は、ストレス解消(または軽減)につながります。
ところで人体には、二系統のエネルギー産生方法が、備わっています。一つは解糖系。もう一つはミトコンドリア系です。
解糖系は、瞬発力を生み出します。ミトコンドリア系は、持久力です。二種類の力を使い分けながら、私たちは生きているのです。
では、外敵に出くわした時は、どちらが必要でしょう?
瞬発力ですね。戦うためには、特に。
そして、瞬発力は解糖系。すると理解できます。ストレス解消のために「食べる(特に、甘いものを)」という人が居る事が。瞬発力を発揮するためのエネルギー源を得ようとするのです。
これは一応、理に適った事なのです。しかし食べるだけだと、糖尿病やガンなど、別の問題が生じます。ストレス解消のためには、食べたら動いてください。
そのほか、むしゃくしゃした時に、物に当たったり、怒鳴り散らしたりする人も居ます。カラオケに行く、という人も居るようです。これらも生理学的には、理に適った行動と言えます。
でも下手な行為は、周りの人にとってはストレッサーです。気を付けないといけませんね。
©松尾宗弘